「戦後レジームからの脱却」への第一歩を踏み出すために
- 悠樹 阿部

- 2020年4月1日
- 読了時間: 3分
更新日:2020年4月1日
今私たちの間で起こっていることは、哲学と政治の邂逅です。 政治参加だけをしてきた人間が哲学をはじめ、哲学だけをしてきた人間が政治参加を始めています。これは日本が戦後レジームから脱却するための無二の機会です。
「戦後レジームからの脱却」への第一歩を踏み出すために私たちが何をすべきなのか、私から二つの提案をさせていただきます。
1.「国家戦略チーム」という名称を変更すること
名は体を表します。戦後レジームのもとで、「国家」「戦略」という言葉は生命を失い、空虚な、冷たい印象を与える言葉になっています。私たちが「国家戦略」を名乗るのは、「国家」「戦略」という概念を鋳直す営みに従事してからにすべきです。 そこで、私から「国家戦略チーム」に代わる私たちの運動の名称として、一案を述べさせていただきます。それは「正名会」です。政治において「名を正す」すなわち筋を通すことは、言葉を自らの血肉にする哲学者の営みがあってこそ生じるものです。「述べて作らず」というのはつまり、概念を鋳直していたのだと思われます。哲学をし、それに基づいて政治の場で筋を通していくこと。これこそが今後の私たちが従事することです。 もっとも、儒教もまた使い古された思想ですから、我々が「腐儒」と誤解されるおそれはあります。 他に良案があれば、みなさんにもぜひ提案していただきたいと思います。
なお、私たち個人の精神が動的であるように、私たちの運動もまた―「運動」である以上は当然であるが―動的なものです。したがって、運動の名称に拘泥することはなく、今後さらに別の名称に変更されることもありえます。
2.紙の本を出版すること
私たちの当面の目標として、大江さんの「活動理念」以降の記事およびそのコメント欄でのやりとりを、小冊子などの形で出版したらどうかと思っています。
ハングアウトでの議論を整理して「対話篇」のような形にするかどうかも検討したいです。
そのような本を編集するにあたっての、私の考えを述べさせていただきます。
本は冒頭から読まれるものであり、冒頭がつまらなければ、その後にいくらよい言葉があっても顧みられることがありません。したがって、私たちは記事の時系列にとらわれることなく、その時点で最もよい言葉を冒頭に置くべきです。 さらに、私たちの言葉から贅肉を削ぎ落し、読者を飽きさせないようにする工夫が必要です。 本の編集作業を行うにあたっては、原典生が神保町のカフェで何度か集まったように、「概念を鋳直す営み」を共有しているわたしたちが一堂に集って、大まかな編集方針を論議する機会を設けるべきです。もちろん、そのときには私も東京に出ます。
まずは私たちの思想を紙の本にしたうえで、ネット上でも言論を広めるべきか、それともいわゆる「リアル」でのみ朋友を増やすべきかを検討しましょう。
令和2年4月1日




阿部君
拝読しました。
1点目については、名称については複数の選択肢から選びたいと考えています。
その意図するところは、自分たちの活動を違った名前で表現できないか、またその名前で類似の用語(例えば国は違いますが正名運動と誤解されないか?)との整理をどう考えるかなど考えるべきことは色々あると思います。
2点目については、概ね同意します。
おそらく名前が決まるタイミングで2点目の冊子かも実行するものと思います。
なお、当面の活動資金については私の方て何とかしますので、ご安心ください。