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福田恆存『戦後日本知識人の典型淸水幾太郎を論ず』①

著者は劇作家でもあり、清水幾太郎という人物の洞察も、演劇の台詞--後で調べたところゴーリキー『男爵』のようだ--を引用するなどして読ませるのだが、私が清水氏や当時の言論界・学界についてよく知らないこと、また著者の<人間>に対する洞察が深いのに対して私はまだ浅いことから、コメ...

福田恆存『言論の空しさ』

私がやりたいことと能力(知識)とのギャップを考えたときに、日本思想、特に近代日本思想を原書に基づいて知らなすぎることが問題だなと思った。 私の関心と文章のとっかかりやすさからして、福田恆存による国防を主題とした評論から始めるのがよさそうだった。彼の著作は評論集が二冊手元にあ...

開国

朝鮮戦争にはルクセンブルク軍すら参加したのに日本は軍を出さなかった。 吉田と当時の日本人は経済を犠牲にしてまで日本を敗戦させた国際秩序に寄与しようとは思わなかったのかもしれない。日本に利益があるかぎりで国際秩序と協働することにした。...

戦後人

NHKのビートルズ来日特集を見て"文化闘争"が腑に落ちました。 あれに狂奔していたのこそ戦後人です。彼らの基底にあるのは---もし何かがあるとすればですが--体系的な俗物性と言いますか、虚栄です。 ビートルズは記者会見で「富と名誉の次に欲しいのは何ですか?」と問われて"pe...

自力救済と社会的公正について

引き寄せとか自己啓発とか、それに類することをやっている人の集会に誘われて参加したことが一度あります。 「道路を歩いていて石に躓いた時どうするか」と講師が質問し、参加者は「~して目的地に向かう」と答えていました。 人生で躓いたときにどう立ち直るかという問答だったのでしょう。...

公正を求める人のための手引き

人類普遍の権理とその下での平和はもちろん私も願うところだが、あまりにそこからはかけ離れた世界に私たちは投げ出されてしまっている。 物事には段階があり、日本[人]はまず”戦後”という隷属を脱して自らの権理を恢復しないことには、何事も為し得ないものと考える。...

イエスが使徒たちを遣わしたときの言葉

全世界へ行って、あらゆる被造物に福音を触れなさい。(マルコ 16:15) 「あらゆる被造物」に草木国土を含めて解釈することができる。こじつけだが、大乗仏教が許されるなら、このくらいは。 諸君に平安あれ。父が私を遣わしたように、私は君たちを遣わす。そしてイエスは彼らに息を吹き...

「保守」はなぜ力を持てないのか?

正論でも実現できないことがある。 それは、「保守」「右派」などと呼ばれ、社会と、世界と疎外されてきた私たちが、今年で76年目を迎える戦後政治において、骨身に染みて知らされてきたことである。 この悔しさと向き合いながら、それでも着実に私たちが住まう国を改良するためには、どうす...

なぜ保守は西洋に学ぶべきか?

戦後「保守」と呼ばれる少数精鋭の思想家たち(*)は、西洋思想、とりわけ実存主義の精髄を体得していました。渡部昇一はエマーソンを、西尾幹二はニーチェをやっています。小堀桂一郎も、和辻を通じてニーチェとキルケゴールを知っています。...

エマーソン Self-Reliance

予は先日、抜群の画家が書いた、型破りな詩を読んだ。そこから奔流する情趣は、そこに含まれるいかなる思想より尊い。主題が何であれ、予が魂はかような詩からある訓戒を聞き取る。 汝が思想を信じ、汝が心に真理であることは万人に真理であると信ぜよ、そが天才である。今の確信を語れ、さすれ...

国体論 戦後体制における忠孝の不可能性と、国体再興の方法について

士規七則と教育勅語を読んで分かるのは、「日本の国体」とは、忠孝を本とするということです。 ですが、戦後体制において、私たちが父母・祖父母世代を敬うことは、即ちそれ以前の先祖に唾を吐きかけることである、というジレンマがあります。天皇も、現行憲法下の「象徴」として機能しており、...

山上の垂訓 貧しい人々は幸いである

マタイとルカで同じことを言っているように見えて、実は文体が異なる。 マタイでは、「霊πνεῦμαにおいて貧しい人々は」と書かれており、ルカではたんに「貧しい人々は」となっている。 前者は心について、後者は物について言っているのである。...

断章取義について

in terra pax 地球に愛を 僕らに夢を 私はもともと公教育で強制される合唱は嫌いだが、この歌詞にはとくに、釈然としないところがあった。なぜなら、それが歌われている教室には、派閥的な対立と、いじめとがあったからである。...

禁欲主義の問題

物に凝滞するなという命題に凝滞して、他人を不幸にするのは醜悪なことである。 無欲には高い価値があるが、禁欲主義は結局のところ<欲>という他律的なものを基準にした道徳であるという点で、享楽主義と選ぶところがないのであって、どのみち<欲>があるのであれば、それは満たされるに越し...

ジェンダーについて

ジェンダーを云々する政治は、今のところ、私たちに不正義と不幸しかもたらしていない。 political correctnessは、言語体験の恣意性、他者の他者性を無視して、国家宗教の記号を押し付ける権威主義である。 identity...

貴族と市民

乱に曰く、已んぬるかな 国に人無く、吾れを知る莫し 又何ぞ故都を懐わん 既に与に美政を為すに足る莫し 吾れ将に彭咸の居る所に従わんとす 乱:辞賦の締めくくり、結語 屈原の詩は美しく、しかも人間的である。 私たちは、言葉の表面に現れた諦観のうちに、老荘的なシニシズムではなく―...

諸葛武侯弁護

倉山満先生は張良を、前提知識の乏しい視聴者に向けてこのように紹介する。 「はっきり言えば孔明よりもすごい人」と。(註1) このような言葉の裏には、現代日本の「三国志ブーム」を経て、私たちの間で諸葛亮の名が独り歩きしていることに対する、歴史家の抗議がある。...

日本型経済について

(追記) この記事は、<勝義諦>(真理)ではあるが、<世俗締>(話しかた)において稚拙だった。当時のものとしては残すが、世に広めるためには、別のやりかたで語る必要がある。 先日の御手洗さんの紹介を受けて、グレン・ハバード&ティム・ケイン『なぜ大国は衰退するのか』を入手した。...

悪の責任の所在について

子貢曰く、紂の不善は是の如く甚しからざるなり。是を以て君子は下流に居るを悪む。天下の悪、皆これに帰す。 古人も、悪がすべて人格に由来するのではなく、多分に構造や制度に由来することを知っていた。しかし、その真理には滅多に言及しなかった。それは、構造主義や決定論を受け入れると、...

テクストの上で宣言するだけでは、政治・社会問題は解消されない

『マルチチュード』にこのような一節がある。 「彼(ハンチントン)はこの文明という幻影を呼び出し、政治の基本をなす味方-敵の区分を再整備するための大いなる図式をそこに見出している。自分と同じ文明に属する者は味方であり、それ以外の文明は敵である、と。さあ寄り集まって良き知らせを...

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