SNSにおける政治活動について
- 悠樹 阿部

- 2020年5月10日
- 読了時間: 2分
更新日:2020年5月24日
ツイッターをやると、シュプレヒコールを連呼して「いいね」「RT」を集めることで政治活動をしようとする集団にいくつも出くわす。
SNSは従来の媒体に比べれば権威主義を免れている。しかし、このような政治活動、言論活動が跋扈するならば、「インフルエンサー」という新たな権威を生むだろう。
発信する側が意図的にこの手法で政治活動をするならば、善なる政治上の結果を齎すことはありうる。政治においては結果が手段を正当化する(マキャベリ)、政治は悪魔との契約たることを免れない(ヴェーバー)という意見にも説得力がある。
だが、権威に対する迎合であれ、民衆に対する迎合であれ、<迎合 κολακεία>が精神の端的な自由を奪うことを銘記すべきだ。SNSで「いいね」を集めることによる政治活動は、下記のようにして人間を堕落させる。
1.発信者は「いいね」を多く得るために、本来の意図や言論の正確性を歪曲する誘惑を受ける。
2.受信者は結論を受け取るだけなので、言語活動による真理探究の習慣を失う。
自分も他人も堕落に巻き込んでまで「政治」で成功したところで、澆世を匡救しうるとは私は思わない。
しかし、自由人として生きるからには、今ある現実に応答する責任も無視できない。
したがって、デマゴーグに陥らないようにしつつも、もっと知られるべき情報や意見をリツイートすること、自分の意見を述べることはしたいと思っている。
令和2年5月10日 阿部悠樹




大江さん
SNSにおいて食事の写真をアップするなどして私生活の様子を共有したいという人は、単なる寂しがり屋か自意識過剰でしょう。また、私的な趣味を共有する人と繋がりたくてSNSをやっている人もいます。 ここで問題にしているのは、そのような人たちではなくて、<公共のことres publica>をSNSで論じている人たちです。自分の言葉で政治を語れている少数の人々はいますが、そのような人のフォロワー数が万単位まで増える事例はないというのが、現時点での観察の結果です。 肩書を背景にした権威主義や、シュプレヒコールの連呼などの<迎合>によって支持者を集めているのが「インフルエンサー」と呼ばれている人々の実態であるように思われます。 そのような影響力ある人や集団に付き従うことによって、歴史に参画している、自己実現をしていると人間は錯覚することができます。古来「偽預言者に気をつけよ」と言われているのがそれです。 それでも私がSNSを言論の自由に資するツールと見做しているのは、<迎合>をしない人であってもひとまず物を言う機会は与えられるからです。「朝日岩波文化人」という言葉に代表されるように、党派や肩書に跼蹐しないと物を言う場も与えられないのが戦後日本の<閉ざされた言語空間>でした。 <迎合>をせずに言論活動をすることは、安易には「フォロワー」や「いいね」を増やすことができない<狭き門>です。しかし、そのようなやり方で、精神の端的な自由を獲得した人とひとりづつ繋がっていくことが、私たちの運動におけるSNSの利用法だろうと考えています。
阿部君
拝読しました。
そもそも、彼らは何でTweetするんでしょうね。
仮に自己実現・自己救済だとするのであれば、
昔(今もありますが)mixiという媒体がありましたが、
あれぐらいクローズドなコミュニティでやってもらいたいものです。
また、ある種玄人のコミュニティを作るのであれば、2cmの掲示板で十分ですよね。
Twitterは、コミュニティとしても特異な変化をしているように思います。