これからの活動理念
- Hiroyuki Ohe
- 2020年3月28日
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我が国は、連合国から「吾等ノ軍事力ノ最高度ノ使用ハ日本国軍隊ノ不可避且完全ナル壊滅ヲ意味スヘク又同様必然的ニ日本国本土ノ完全ナル破壊ヲ意味スヘシ」と脅され、やむなく降伏に至った。
しかし、戦後日本人は、大東亜戦争に至る我が国政府は「無分別ナル打算ニ依リ日本帝国ヲ滅亡ノ淵ニ陥レタル我儘ナル軍国主義的助言者」であったことを受け入れ続けた。そのため、私達若者は、時の政府が、無辜な国民を太平洋戦争へといざなったこと、国民は、「言論、宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重」は、太平洋戦争の敗北によってようやく得られたものであったのだから、「負けてよかった」と考えることこそが正解であり、これと相違する意見は連合国及び周辺地域に対する戦争責任を痛感していない破廉恥な考えであると言われ続けてきた。
共産主義圏に入るよりはマシであるという現実的な思考によって、我が国の戦後エリートは日本国憲法を70年以上も抱き続けてきた。国民は、日本国憲法がない時代を感覚的に理解することが不可能となってしまい、あらゆる「良い」ことが、日本国憲法の存在のおかげであると考えるほかない状況になってしまった。
例えば安全保障体制の強化を理由に憲法改正の必要性を唱えたとしても、護憲勢力から日本国憲法によって達成されてきた日本の繁栄を蔑ろにするのかと詰問されて怯んでしまうのが、日本の保守勢力の姿である。保守と称する人間の中に、国民主権や基本的人権は、大事にすべきであるから、日本国憲法に積極的に加憲しようと考える者すら出て来る状況にある。 日本国憲法の改正要件が相当に厳しいことも相まって、ますます戦後秩序は固定化しつつある。 私達は、自らの国の歴史を偽っても繁栄を享受しようとは思わない。 自らと家族を養っていければ、あとは自らの信ずるままに行動する。 同朋を大切にし、戦う術を弁えて来るべき時に備えんとするものである。 当会の性格の一つは、互助団体である。 信条を同じくする人間を励まし合い、時に支え合うことを厭わない。 もう一つは、政治団体である。 信条を実現するために、国内外の情勢を良く分析し、進むべき道を考える。




「基本的人権」については、自由権を至上の価値とすべきであるというリバタリアン的な考えを持っています。 戦後レジームの「福祉国家」のもとでしばしば行われたような、「公共の福祉」「公益性」などを口実に人間の自由が脅かされるという事態を警戒しています。 もっとも、リバタリアンとは言っても、無政府論ではなく最小政府論であり、暴力などにより自由が脅かされることを防ぐ(国防を含む)、自由意志による契約を担保する、という役割は政府が負うべきだと考えております。
主権の帰属については、暫定的な見解ですが、やはり天皇主権がよいのではないかと思っています。 天皇のもとで、基本的人権や平和を享受しつつ、日本人が自由に調和して生きることが私の理想です。 もちろん、そのためには成文の憲法典を作るだけではなくて、政治参加して絶えずに運用をしていくことが必要です。
大いに心を動かされました。 「私達は、自らの国の歴史を偽っても繁栄を享受しようとは思わない。」 この気概を持って生きていきたいものです。 なお、国民主権についてはともかく(※)、基本的人権や平和という価値それ自体は、戦後レジームを脱したあとの日本の憲法においても記載されるべきだと私は考えています。 ただし、それが「戦勝国に対する敗戦国のいわば詫び証文あるいは謝罪文」という形で提示されてはならず、日本国民がそれを自分たちのものとして享受できるようになるべきです。 (※)主権概念に関わる厄介な問題である。国民は各人が独立した人格を持つのに、不可分であるはずの主権がなぜそれに帰属するのか。「一般意思」という多分に全体主義的な神話で誤魔化すのか、等々。