大和魂について
- 悠樹 阿部

- 2020年8月6日
- 読了時間: 3分
更新日:2021年4月26日
※この記事の内容は的外れでしたので、今では撤回しています。(2021.4.26)
理由はコメント欄をご覧ください。
戦後体制をわざわざ「戦後レジーム」と呼称することは、それをフランスのアンシャン・レジームに擬え、自己をフランス革命の側に置くことです。たしかに、「戦後レジームからの脱却」は人々が自由を恢復するための運動であるという点では、フランス革命と同じです。ですが、これはフランスの運動ではなく、あくまで日本の運動なのです。ですから、「戦後レジームからの脱却」ではなく、戦後体制の克服と言うべきです。
南原繁は丸山眞男にたいして、東洋思想の論文を書くにも、引用の半分は横文字の文献からにせよと教えました。(竹内洋『丸山眞男の時代』)丸山はのちに「荻生徂徠は日本のマキャベリ」といった類比を多用しています。(丸山眞男『日本政治思想史研究』)東洋は西洋の文脈に位置付けてはじめて理解されたことになると彼は考えていたのです。
ですが、哲学の概念はその土着の文脈で語ることができてはじめて会得できます。たとえば、理、気という術語は宋学という場に身を置いてはじめて、真に自己のものとなるのです。形相と質料のような西洋哲学と類比するのは理解のきっかけを与える補助線としては有益ですが、類比を目的とするのは本末転倒です。補助線だけ引いて証明すべき命題を忘却するのと同じです。
戦後体制の克服をわざわざ「戦後レジームからの脱却」と呼称することは、それ自体が戦後体制に絡めとられてしまっていると言わざるをえません。
たしかに、現代の日本人はあまりに西洋かぶれになっています。今の日本の運動ですら、フランス革命と類比することでしか理解されない。そのような時代状況があることは事実です。 ですが、学を曲げて<迎合 κολακεία>(権威にたいしてであれ、民衆にたいしてであれ)をする、戦略的な言葉、さかしらな言葉は、新たな頽落の種を宿しているのです。なぜなら、このような言葉は、言(コトバ)が意(ココロ)と事(コト)から遊離してゆき、いつのまにか自己の立場を糊塗するための無内容な記号に堕してしまうからです。(*)
さかしらごとに流されることなく、真に人の心を種として出でた言葉を尊重すること。それが大和魂であり、日本を再び言霊の幸わう国とするために、すなわち戦後体制を克服するために、日本人に必要とされていることなのです。(**)
(*)「抑意と事と言とは、みな相称へる物にして...」
(本居宣長 『古事記伝』総論)
(**)「「物まなび力」は、彼のうちに、どんな圭角も作らなかつた。彼の思想は、戰鬭的な性質の全くない、本質的に平和なものだつたと言つてよい。彼は、自分の思想を、人に强ひようとした事もなければ、退いてこれを固守する、といふやうな態度を取つた事もないのだが、これは、彼の思想が或る敎説として、彼のうちに打建てられたものではなかつた事による。さう見えるのは外觀であらう。彼の思想の育ち方を見る、忍耐を缺いた觀察者を惑はす外觀ではなからうか。私には、宣長から或る思想の型を受取るより、むしろ、彼の仕事を、そのまゝ深い意味合での自己表現、言はば、「さかしら事」は言ふまいと自分に誓つた人の、告白と受取る方が面白い。彼は「物まなびの力」だけを信じてゐた。この力は、大變深く信じられてゐて、彼には、これを操る自負さへなかつた。彼の確信は、この大きな力に捕へられて、その中に浸つてゐる小さな自分といふ意識のうちに、育成されたやうに思はれる。「つたなく賤き身」といふ彼の言葉に、卑屈な意味合は、恐らく、少しも含まれてはゐなかつたらう。彼は、鈴の音を聞くのを妨げる者を締め出しただけだ。確信は持たぬが、意見だけは持つてゐる人々が、彼の確信のなかに踏み込(辶入)む事だけは、決して許さなかつた人だ。」(小林秀雄『本居宣長』)
令和2年8月6日 阿部悠樹





記事の撤回と反省(2021.4.26)
戦後体制の表記については、やはり戦後体制でも戦後レジームでもどちらでもよいと思います。というのも、「体制」という語自体が西洋に由来するので、どちらで表記しようが意味は変わらないからです。
宣長は、大和コトバ=ココロで記述された『古事記』や『源氏物語』を外来の概念を使って解釈し、知った気になることを「漢意」としてその読解が不正確であることを批判しました。
しかし、今の政治を西洋の概念なしで論じることは無理があります。
そもそも、日本の古典、漢字漢文、西洋のテクスト等、それぞれを土着の概念を尊重しつつ正確に読解し今の日本語に取り入れて使うならば、宣長が批判したところの「漢意」にはあたらないだろうと存じます。
戦後体制を否定するためにも、私たちは既成の政治の文脈で使われている術語を引き受けつつ、それを鋳直すことによって新たな気づきを共有するべきでしょう。これは否定は否定でも、aufheben(維持しつつ乗りこえる)ということです。
大江さん
それは両方ですね。 ・「戦後体制」という表現でしか表現できないものがある AとBを類比するのは、つねに何かの観点で、類比するのです。
戦後体制の克服とフランス革命は、人々が自由を恢復するための運動であるという点で、同じです。 ですが、200年以上も前のフランスでの出来事と、今の日本での出来事が、完全に同じであるはずがありません。 ロベスピエールやナポレオンの独裁と対外侵略はやはり非難されるべきでしょう。 戦後体制の克服は、フランス革命のよい点を見倣いつつ、その悪い点から反省を引き出して、やっていくべきです。 「戦後レジームからの脱却」と言ってしまうと、フランス革命と完全に同じにせねばならないという思いなしを生じかねません。
・「戦後体制」と言葉遣いをすることでその人の心構えが改められることに意義がある 本文で書きましたとおり、「戦後レジームからの脱却」という言葉を使う人は、フランス革命に擬えれば今の日本で受容されやすいからと思って使っています。
私自身、そのような思いで、「戦後レジームからの脱却」という言葉を使ってきました。 ですが、結局のところそれは曲学阿世であり、その言葉を使っているうちに、自分がどんどん西洋かぶれになってゆきました。 イデオロギーは自ら陥ることを欲する者が陥る罠です。 このような言葉遣いは改めて、真に自分の心から出た、正確な言葉を使おうと思ったのです。
阿部君 拝読しました。
「戦後体制」と表現するか「戦後レジーム」と表現するか
その表現について考察するというのは大変有意義ですね。
少なくとも私の意図としては、「戦後体制」でも「戦後レジーム」でも表現できるような内容に対して、「戦後レジーム」と表現していました。
考え方としては、
・「戦後体制」という表現でしか表現できないものがある
と考えるべきでしょうか。それとも
・「戦後体制」と言葉遣いをすることでその人の心構えが改められることに意義がある
と考えるべきでしょうか。両方でしょうか。