学府の喪失
- 悠樹 阿部

- 2020年5月11日
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更新日:2020年8月8日
東京大学は学問をする場ではなく、権威に服従する場である。
藤原帰一の国際政治学の授業には一度足を運んだが、坂本義和の追悼演説を始めたので、途中で退席した。それ以降、一度も講義には出ていない。
私の国際政治学はほぼ独学である。国際政治学を学たらしめたケネス・ウォルツの『国際政治の理論』『人間・国家・戦争』を読むことから始めたので、そのパラダイムをすんなり会得することができた。東京大学に入った怪我の功名である。
坂本義和が朝日新聞紙上などで、「拉致疑惑」について北朝鮮側のプロパガンダを流布し続けたことは万人が知るところである。結果として、日本が拉致問題に対応することが遅れて、今に至るまで異国の地で家族と引き離されている被害者がいる。故人とはいえ、そのような人物にただ「恩師」として追従することは善意の人間がすることではない。 東大法学部がそのような場所であることは、百も承知のうえで入った。体制に面従腹背して官僚なり政治家になることで、澆世を匡救しうると考えていたからだ。だが、信じてもいない疑似宗教の信仰告白を黙って聞いて、それに阿るテストの答案を書くことは良心の負担が甚大だった。また、体制の内部から改良をすることはもはや限界があると思い直すようになっていた。ために大学へは行かなくなり中退したが、名利よりも自由を選んだことは正解だったと思っている。
令和2年5月11日 阿部悠樹
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