悪の責任の所在について
- 悠樹 阿部

- 2021年5月21日
- 読了時間: 2分
更新日:2021年5月25日
子貢曰く、紂の不善は是の如く甚しからざるなり。是を以て君子は下流に居るを悪む。天下の悪、皆これに帰す。
古人も、悪がすべて人格に由来するのではなく、多分に構造や制度に由来することを知っていた。しかし、その真理には滅多に言及しなかった。それは、構造主義や決定論を受け入れると、責任の所在が曖昧になり、社会が機能しなくなるからではないか。
責任の所在を曖昧にしないために自由意志の存在を信じようとする人間の性は、現代でも大して変わっていないのである。アレントが「アイヒマンの不善は是の如く甚しからざるなり」と洞察したとき、どれほどの非難を被ったか。(註1)バーリンが歴史決定論に反対したのも、決定論が哲学的に間違っているからではなく、それを受容するとあらゆる道徳と倫理が無効化されるからと言ったのではなかったか。
結局のところ、自由な主体とそれに伴う責任を否認する思想は、自己の実存と社会との関係という問いに答えることができず、二重真理説でごまかすか(註2)、問題から目を背けて放埓に流れるしかないのである。
構造主義や決定論にも一片の真理があることは認めるが、それを人生に相渉る思想として受容することはできないのである。
(註1)しかも、アレント当人はアイヒマンの悪を免責したのではなく、自由な主体という信仰を持たなければ、私たちはアイヒマンになってしまうと言ったのであった。
(註2)仏教における勝義締と世俗締のごとき。




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