top of page

抵抗権と愛 極限状況における政治行動について

  • 執筆者の写真: 悠樹 阿部
    悠樹 阿部
  • 2020年5月11日
  • 読了時間: 4分

更新日:2020年5月18日

<戦後レジーム>には正統性legitimacyも正当性righteousnessもない。


1.正統性

当用憲法は帝国議会によって採択されたとはいえ、敗戦して占領下にある日本に拒否する選択肢はなかった。しかも、公職追放と検閲が行われ、到底自由とも民主的とも言えない状況で採択されたのである。占領期の公職追放は第一党の党首(鳩山一郎)が占領軍の意に添わなかったためにパージされるほど横暴なものだった。

2.正当性

当用憲法における、「公共の福祉」の観念および、「勤労の義務」「子供に公教育を受けさせる義務」は自由に反している。 とりわけ、欧州文化的概念である「公共の福祉 salus populi」は敗戦の結果として強制的に日本に移植されたために無国籍文明的概念に抽象化され、政府の恣意的な利益誘導の口実に使われている。(註1) そこで、私はキケロをパラフレーズして、日本人が精神の端的な自由を恢復するための標語を提案したい。

Libertas populi suprema lex esto.

<人々の自由 libertas populi>が至高の法たるべきである。

以上、私たちが正統性も正当性もない圧政のもとに置かれていることを論じた。では、<戦後レジーム>を打倒するために直ちに暴力に訴えることが正当化されるだろうか。 そうではない。抵抗権を発動してよいのは、権力が私たちの存在自体を否定しにかかってきたときである。そのような全体主義の権力、およびそれに従事する人間は「狼やライオンを殺すようにして殺してよい」(ロック)のである。 現状では言論の自由は比較的に担保されているし、私たちの運動が言論活動にとどまるかぎりでは、自民党政権は私たちの存在を容認するだろう。

ガンジーほど極端な精神主義に陥る必要はないが、私たちの存在自体を否定する権力が日本を支配するのでないかぎりは、物理的な力によるのではなく、<サティーヤグラハ 真理と愛の力>を以て政治参加をするべきである。

やむを得ず抵抗権を発動することとなった場合でも、大衆扇動によって人を動員するのではなく(註2)、心から運動に賛同する同志が自発的に集って決起すべきである。

それでは勝てないというのであれば、ソクラテス、イエス、三島由紀夫と森田必勝(註3)に倣って不正に生きるよりは正しく死に、汗青を照らすことが望ましい。(註4)

(註1)

「「市民」という概念は、戦後日本において[不当に]理想化されてきたが、これは本来ヨーロッパの歴史に深く根を張っている〈欧州文化的概念〉である。市民とは共同体や国家と結びつき、それによって支えられて初めて成立するものであった。しかし、戦後日本の〈言論空間〉においては、この〈欧州文化的概念〉は、〈無国籍的文明的概念〉へと抽象化された。これは〈記述のレベル〉の〈階層性〉を無視し、ある〈欧州文化的概念〉によって一元的に〈社会〉を語るということに他ならない。この〈欧州文化的概念〉が普遍的概念として捉えられ、それが日本においても「実現されるべき」ものとして論じられてきたということが、冒頭の引用において述べられている一節の示すところであり、これがまさしく〈戦後レジーム〉という〈制度〉の象徴的側面を為す一つのイデオロギーが生じた消息であるといえよう。」

(田中大 『〈戦後レジーム〉へのある記述論的〈試論〉』)

「市民 civis」だけでなく、「人民 populus」「公共の福祉 salus populi」もまた〈欧州文化的概念〉が〈無国籍的文明的概念〉へと抽象化されているように思われる。

(註2)浄土真宗が「進めば極楽、退けば地獄」として織田軍に信徒を嗾けたことや、イラン・イラク戦争の折にホメイニが子供を地雷原に突入させたことを指す。こうした宗教は来世での境遇を人質に取ることによって、他者を死に追いやるのである。それに対して、私たちは抵抗権を発動するとしても、あくまで他者を救済するために命を賭す<不惜身命>の自己犠牲であるべきである。


(註3)三島、森田とともに決起した三人の義士について言及しておきたい。古賀浩康、小賀正義、小川正洋の三氏である。三氏はもとより命を捨てる覚悟を持っていた。だが、決起直前の11月3日になって計画が変更になり、人質を護送して安全に引き渡すこと、楯の會の精神を法廷で陳述することを任務として与えられた。三氏は死よりも難い生を背負ったのである。

(村田春樹『三島由紀夫が生きた時代 楯の会と森田必勝』 pp. 148-149)

(註4)このような勇ましげな「言挙げ」をすることは、日本の伝統である<大和魂>の見地からは見苦しいこととされてきた。現に、極限状況において命を賭せるかはそのときが来てみないと分からない。私とて、イエスのようには死ねず、ペテロのように逃げるかもしれない。

さりながら、民主制の時代においては言論によって政治をすることが基本であるから、運動方針についてのこのような「言挙げ」をすることはやむを得ないと考えている。

ただし、「言 コトバ」が「意 ココロ」と「事 コト」から遊離して、自己の立場を糊塗するだけの無内容な記号に堕することは厳に慎まなくてはならない。

「抑意と事と言とは、みな相称へる物にして(後略)」(本居宣長 『古事記伝』総論)

 
 
 

最新記事

すべて表示
福田恆存『戦後日本知識人の典型淸水幾太郎を論ず』①

著者は劇作家でもあり、清水幾太郎という人物の洞察も、演劇の台詞--後で調べたところゴーリキー『男爵』のようだ--を引用するなどして読ませるのだが、私が清水氏や当時の言論界・学界についてよく知らないこと、また著者の<人間>に対する洞察が深いのに対して私はまだ浅いことから、コメ...

 
 
 
福田恆存『言論の空しさ』

私がやりたいことと能力(知識)とのギャップを考えたときに、日本思想、特に近代日本思想を原書に基づいて知らなすぎることが問題だなと思った。 私の関心と文章のとっかかりやすさからして、福田恆存による国防を主題とした評論から始めるのがよさそうだった。彼の著作は評論集が二冊手元にあ...

 
 
 
開国

朝鮮戦争にはルクセンブルク軍すら参加したのに日本は軍を出さなかった。 吉田と当時の日本人は経済を犠牲にしてまで日本を敗戦させた国際秩序に寄与しようとは思わなかったのかもしれない。日本に利益があるかぎりで国際秩序と協働することにした。...

 
 
 

2件のコメント


悠樹 阿部
悠樹 阿部
2020年5月11日

大江さん ご指摘の通り、帝国憲法も完璧ではないんですよね。 帝国憲法は「陛下の赤子たる国民の権利を政府は大事にしましょう」というパターナリズムのロジックにより、実際の運用として徐々に民主制や自由に近づいていきました。 原理的な自由主義者はそのロジック自体に拒否感を覚えると思います。ただ、私は実際の運用においてどれだけ自由が担保されていたかのほうが重要だと考えています。 なので、頭ごなしに当用憲法>帝国憲法と考えている人には、憲法典の文言だけではなく歴史を学んで運用を見てほしいです。 私たちは帝国憲法でも当用憲法でもない新しい憲法〔案〕を作るべきと存じますが、その際に参考になるのは帝国憲法のほうだと思います。 というのも、敗戦で強制された概念だと言葉から思想が抜け落ちて、経済的・イデオロギー的な強制の道具になってしまう。日本の共同体の歴史において連綿と使われ続けていた言葉を鋳直して自由を語るほうがよいと思います。

いいね!

Hiroyuki Ohe
Hiroyuki Ohe
2020年5月11日

阿部君


拝読しました。本質的な指摘と思います。

「2.正当性の議論」においても、大日本帝國憲法における臣民の義務に触れつつ、それと日本国憲法の義務とは本質的に異なるところがあると述べるとよいように思いました。


転じて言えば、日本国憲法で勝ち得た権利なるものの多くは、大日本帝國憲法において既に確認されている(しかも獲得ではなく「確認」ですね)ことが重要かと思います。

いいね!

© 2019 by Hiroyuki Ohe. Proudly created with Wix.com 

  • Grey Twitter Icon
フォーラム「言倫」

​あるがままを語る

bottom of page