新型コロナウィルスを前に考える
- Hiroyuki Ohe
- 2020年4月18日
- 読了時間: 2分
我が国において、4月7日に新型インフルエンザ等緊急事態宣言が発令され、10日間が経った。感染者の拡大は続き、国内の感染者は1万人を超えた。
台湾が4月17日の時点で感染者が400名を下回っていることは、やはり注目すべき事態であろう。その台湾と比較すれば、我が国は感染拡大が押さえきれていないとの烙印を押さざるを得ないであろう。
新型コロナウィルスが蔓延した理由が、必ずしも明らかになっていないがゆえに、なぜ我が国において新型コロナウィルスの感染が拡大し続けているのか、また、台湾においてなぜ新型コロナウィルスの感染拡大が押さえられているのかは定かではない。
それでも、多くの我が国の国民は、政府は十分な対応が行えていないのではないかと考えているようだ。
その原因は何かと考えれば、安倍政権ですら、
「政府は、新型コロナウィルス感染拡大防止のためとはいえ、国民の権利は制限できない」
と話し続けているからだといえるのではないだろうか。
現場レベルでは、医療関係者を中心に官民ともにご苦労されていると思うが、「国民の権利は侵害できない」というドグマからスタートしている以上、政府は、緊急事態に金は出してくれても、感染防止のための対策はしてくれないのだと国民が思うのは無理はないであろう。「おうちにいましょう」と言う都知事を頼もしいと思うのはなかなか難しいのではないであろうか。
かといって現状の我が国の体制では、戒厳令は敷けないし、仮に敷いたところでそれを徹底するだけの人的資源はないと思われる。
現政権は、やれるだけのことをやろうとしているという気概は感じるが、そもそも緊急事態における対応を行うという発想自体が、戦後体制下で消しされられてしまっている。自然災害への対応こそ経験を培ってきたが、およそ緊急事態への対応をしてこなかったことのツケを、今我々国民が払わされていると言わざるを得ないであろう。
したがって、まず目の前の危機に対峙しつつ、来るべき緊急事態に備えられる体制を作らないといけない。我が国には、いわゆる平和安全法制等関連する法律はある。しかし、今回の事態を前に、緊急事態において必要なのは何かを改めてゼロベースで考えなくてはならない。




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