日台関係試論
- Hiroyuki Ohe
- 2020年4月4日
- 読了時間: 2分
★本日から個々の課題にも言及していくことを考えている。
なぜならば、我々の言論は、
世の中に発せられ続けることによって言論たりえるからである。
よくある日本人を称える議論として
「日本人が、台湾の発展に貢献している」という論調がある。
例えば
「【水と共生(とも)に】台湾で愛される土木技師・八田與一を振り返る 」
「台湾を変えた日本人シリーズ:不毛の大地を緑野に変えた八田與一(1)」
「日本人が知らない!世界から愛される日本人」
などである。
各人がどのような意味合いでこの論調を用いているのかについては慎重に判断すべきとは言え、台湾の発展は、日本のおかげであるという論調は、
ある意味で、日本人が基本的人権を獲得したのは、日本国憲法のおかげであるという論調と同相であるといえないだろうか。
同じ植民地でも、台湾と韓国では、様相が異なる。
台湾は、清をして「化外の地」と言わせただけの状況にあった。
ただ、当時の状況がどうであれ、
当該地域の発展が、外国人によって達成されたという論調は、
当該国民の自尊心をくすぐってしまう面は否めないのではないだろうか。
戦後の台湾史は大変複雑である。
国柄という意味では、中華民国の首都となった。
民選になって初代の総統である李登輝は、「台湾」の独立を進めた。
李登輝の政党でありながら、近年では、中華民国を率いる国民党が、中華人民共和国寄りとなり、民進党が、「台湾」独立派となっている。
世論をみれば、中華民国でもなく、中華人民共和国でもなく
「台湾」という言葉を冠した「台湾人」が、
自国民を表す言葉としてふさわしいと考える「台湾」人が、
圧倒的多数を占めている状況である。
「台湾人」にとって大日本帝國時代の植民地時代はどうだったのか。
これは今ここで私が結論を出せる(出すべき)問題ではない
ただ、「台湾人」における歴史認識がどうであれ、
我が国が台湾に言及する場合には、
我が国にとって台湾がどのような価値を有するか
という観点から言及すべきであろう。
これは決して自国中心主義の議論ではなく、
「台湾人」のアイデンティティ(自律)を尊重することを意識した議論である。
むしろ、台湾の発展に我が国がどう貢献したかを語ることの方が、
自国(民)中心主義に移るであろう。
台湾は、もちろん我が国の第一列島線上に位置しており、
台湾が中華人民共和国の勢力圏に入ることは、
匕首をのど元につきつけられるようなものだ。
台湾が中華人民共和国の手に落ちてしまえば、尖閣諸島や沖縄本島はどうなるか分からない。
我が国のリーダーが、台湾に語り掛けるべきは
「台湾を同朋として失っては我が国の自立はあり得ない」との一言のみである。




阿部君 コメントありがとうございます。
韓国にまで話を及ぼしていただき、ありがとうございます。
我が国の対外政策を語る視座がこれで定まった気がします。
「ただ、当時の状況がどうであれ、
当該地域の発展が、外国人によって達成されたという論調は、
当該国民の自尊心をくすぐってしまう面は否めないのではないだろうか。」
おっしゃる通りです。
人間には「独立心 independence」「尊厳 dignity」といった根源的な要求があります。 日本の統治が台湾と韓国の政治制度、経済の発展に寄与したことは事実ですが、それが当人たちにとって「よかった」といえるかは別問題です。 台湾は友邦なのですから、日本のほうから恩着せがましい議論をして、敵愾心を煽る必要はありません。台湾人の間では、日本でも中国でもない、「台湾」としてのアイデンティティを大切にしたいと願う人が増えています。それが「自由と民主」の価値であったり、いわゆる「正名運動」であったりします。私たちはそれを応援すべきです。 韓国については、韓国政府が事実に基づかずに日本を貶めていることが問題です。
吉田証言と河野談話を「根拠」として、「慰安婦の強制連行」を主張し、それによって「謝罪と賠償」を請求する韓国政府に対しては毅然として反論する必要があります。 また、日本の統治が韓国人の福祉の向上に寄与したことを史料に基づいて研究することは歴史学の範疇です。このような歴史学はたとえば、李栄薫氏がやっています。慰安婦についての実証的な研究は、向こうでは例えば朴裕河氏がやっています。朴裕河氏が裁判にかけられて有罪判決を受けるなど、実証的な歴史学が韓国では弾圧されており、学問の自由、言論の自由がない韓国の現状を批判すべきです。 ただし、それでも韓国人の「独立心」「尊厳」に対する配慮はあるべきで、事実は事実として毅然として主張した後で、それを韓国史においてどう評価するかは韓国人が考えることでしょう。