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私たちと政治のかかわりについて 附「安倍政権への要望」

  • 執筆者の写真: 悠樹 阿部
    悠樹 阿部
  • 2020年5月24日
  • 読了時間: 3分

更新日:2020年8月5日

私たちが他の政治運動と異なるのは、世を匡救することと、己が善く生きることが地続きになっていることである。


世の中には政治を語れる人はいても、彼らは人生論、運動論を伴わないため、政治手法が権威主義的になり大衆扇動やあくどい集金に走ってしまうのである。


大衆政治の時代において、そうしなければ政治で成功できないということはあるだろう。

だが、私たちはあくまで善く生きることを出発点とすべきである。


目下の「保守」の内ゲバとそこで行われている罵詈雑言などの堕落に鑑みて、現実政治からしばらく距離を置くべきだと考えるに至った。今は私たちの言論を鍛えることと、朋友を増やすことに専念するのが望ましい。


そのうえで、以下の二点において世とのかかわりを持つべきである。


1 五年後の衆院選等での政界再編に寄与できないかを検討しておくべきである。

私たちが政治の表舞台に出ていくのは、陰謀や大衆扇動によらず、正道によって国民運動を始動できる状況が整ったときである。そのためには、私たちの鍛錬と、外的な環境の両方が必要である。


2 公教育と主流メディアが左翼権威主義者に牛耳られており、世の大多数を占めるノンポリはそれに追従するために、自由な精神を持つ人間は<国内ディアスポラ>をせざるを得ない時代である。政治に目覚めた人々が求めているのは、話が通じる同世代人との交流の場だろう。

<戦後レジーム>のもとで政治に出て行って濁穢にまみれるよりは、体制に従うことを拒んで迫害されている同世代の仲間に文化共同体としての<日本>を提供することに専念したほうがよいかもしれない。


いずれにせよ、運動方針が定まった段階で、日本語の名称に衣替えするべきである。

(フォーラム投稿 『運動の名称について』)


令和2年5月24日 阿部悠樹


※「安倍政権への要望」

安倍政権は、現状では、他が酷すぎるという理由で延命されているだけである。

何の影響力も持たない私が言っても詮無きことではあるが、下記の二点を軌道修正して積極的な改良を行うことを希望する。


・党内のリフレ派が奮起して、緊縮から景気回復に原点回帰すること。

まずすべきことは消費税の撤廃である。

自民党減税派の集会に100人の代議士が集まったのであればできるはずである。


・対中関与政策(バンドワゴン)を改めて、対中批判(バランシング)に軌道修正すること。

まずすべきことは習近平を国賓待遇で来日させることを中止することである。

チベットとウイグルでの民族浄化、「国家保安法」による香港での締め付けの強化、他国を侵犯することによる海洋進出等を批判して、日本がアジアにおける自由と民主の擁護者になるべきである。

アメリカはペンス副大統領のハドソン研究所での演説(2018年10月4日)を境にすでに目を覚ましたので、外圧における制約は少ないはずである。


待望された安倍政権においてすら、こうした「すぐにできるはずのこと」ができず、退嬰的になってしまうのが自民党の体たらくである。これでは憲法改正など夢のまた夢である。戦後政治においては政権交代可能なまっとうな保守政党がないため、自民党は「いくら左翼に妥協しても保守はわれわれを支持するしかないだろう」と高を括っているのである。今の安倍政権ほど、戦後政治における「保守派」の敗北を雄弁に語るものはない。


 
 
 

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2件のコメント


悠樹 阿部
悠樹 阿部
2020年5月24日

大江さん


そうですね。

政府を無批判に支持するのでも、外野から実現不可能な要求を叫ぶのでもなく、「自分たちが政権を担っていたらどうするか」を考えておくことが日本に対する責任ある態度だと思います。

今までもそうしてきたわけですが、そのような言論を積み重ねておくことが、私たち自身の鍛錬としても、将来的に存在感を示すためにも有益です。


「その意味では身の丈を意識した活動をすべきですし、

身の丈を外れるときは、勝機と踏んだときでなければならないと考えています。」


<戦後レジーム>という澆世において、政治も人心も腐敗しており、政治の表舞台に出ていくには大きなリスクが伴います。 とりわけ、昨今の政治言論は極めて近視眼的で狭量になっていることを感じます。 歴史や理論を踏まえて政治を論じる私たちのやり方が今の世に「需要」があるかは疑問ですが、5年後、10年後には党派的な言論に踊らされていた人々と大きな差がつくでしょう。 そのときに「勝機」が見えてくるかもしれません。


今の危機的な状況を鑑みると(とりわけ、CCPの覇権下に置かれて日本人が完全に自由を奪われるリスクが日々増している)、5年後、10年後の日本に希望が持てるのかは正直自信がありません。 ただ、焦燥は無益なので、私たちにできるかぎりでの活動を日々してゆきましょう。

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Hiroyuki Ohe
Hiroyuki Ohe
2020年5月24日

阿部君 拝読しました。ごもっともの投稿です。


Cubic Argumentは設立して10年経ちましたが、

我々が活動し続けているという実績も重要と考えています。


例えば、今、この瞬間安倍首相が読んでいなくても、

「安倍首相は~すべきであった」と投稿しておけば、

2020年5月24日の時点で、我々はその結論を有していた点で説得力を持つと思います。


このブログを敢えて公開にし、公に思索しているのは、

私が扱わんとしているのは、陰謀論ではなく、日本のリーダーが何をすべきかの提言だからです。

我々が将来的に存在感を出すとすれば、一般の人からすれば、予言にすらみえるような正論を常に持ち続けようとしていたという姿勢こそではないかと考えております。


その意味では身の丈を意識した活動をすべきですし、

身の丈を外れるときは、勝機と踏んだときでなければならないと考えています。

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