考えられないことを考える
- 悠樹 阿部

- 2020年8月11日
- 読了時間: 4分
更新日:2020年8月16日
※これは、8月4日に執筆した「考えられないことを考える」をリライトし、写真を添付するなどして再掲したものです。
「いかんせん三島の言葉は感性に訴えかけるものが多い。感性が弱ってしまっている今の私ではすぐには読み解けません。」
これは過去の私の発言です。
私はこれまで、プラトン、孔子、聖書のような、いわば「お行儀のよい」思想書からインスピレーションを得てきました。ですが、三島の書斎にはサドやバタイユが居たわけで、性や狂気という裏側の問題系に気づかないかぎり、彼の文章を理解することはできません。
――なお、三島は、文学はきわめて感性的にやっていましたが、政治はきわめて理性的にやっていたように思われます。したがって、理性の枠内でも三島の政治行動を解釈することは不可能ではありません。ですが、三島も一個の人間であって、深いところでは文学と政治がつながっていたはずです。
どの時代にも、そのときの知の枠組みでは日陰に隠れてしまう問題系があります。(1)
拉致の悲劇を解決できていないのも、戦後体制の<思いなし δόξα>が問題を隠蔽してきたからです。
「平和を愛する諸國民の公正と信義に信頼して…」(「日本國憲法」前文)。戦後体制のもとでは、隣国の悪意、軍事的脅威や戦争の可能性については考えてはならないこととされてきました。
体制側(経世会・外務省・朝日新聞、野中広務・阿南惟茂・坂本義和など)にとり、北朝鮮による日本人の拉致はあるはずがないこと、考えてはいけないことでした。したがって、2002年の小泉訪朝で北朝鮮が自ら認めるまで、体制側言説が拉致を事実として受け止めることはなく、日本の「右翼」がでっちあげた「疑惑」として目を背けてきたのです。(2)
このように、戦後体制のもとでは、いかなる正論も権威を有する主流メディアと講壇知識人によって嘲笑され、踏みにじられ、あしらわれます。
私自身、正しさのゆえに世に迫害されてきました。そこから目を背けてただお利口な人間を演じることは自己欺瞞にすぎません。出る杭を打たんとする俗物の圧力によって、義人は迫害される。この事実は直視せねばなりません。
では、自分一人の快楽だけを目標として生きてゆくべきなのでしょうか?
私はそうは思いません。
三つ子の魂百までと申します。二十代になってから裏側の思想を学んだとしても、私はあくまで正義を希求する人間、表側の人間であるという限界を抜け出ようとは思いません。哲学者(それは快楽ではなく、善美を本分とする)としての立場は堅持する所存です。(3)
現にある問題系から目を背けるのでは、思いなしに囚われているという点で、戦後体制と同じになってしまいます。裏側の思想が突き付ける、通俗道徳によって隠蔽されている問題系をも承知したうえで、己の身の処しかたを知的に決断する。それでこそ「必然を徳とする賢者の倫理」を体得し、「自身の内に己の〈言葉〉を認めて語り出す」(4)ことができます。
註記 プラトンについて
プラトンは裏側の問題系も十分に承知していました。『ゴルギアス』には赤裸々に快楽の追求を説くカリクレスが登場してソクラテスと対決します。若き日のニーチェはカリクレスに共感し、私は反感を覚えます。読者がこのような反応をするのは、カリクレスがある確信をもって語っており、現代にもいかにもいそうな人間だからです。「まったくこの爺さんは。いい年して少数の若者とボソボソと哲学の話をしているなんて、とんだ負け犬じゃないか。快楽を追求できた人間が人生の勝利者なんだよ。」
プラトンは人間が自然的な部分を持っていること、獣性を宿していることを十分に承知していました。それでもなお、彼は哲学者として善美の側に踏みとどまりました。
彼が快楽主義の主張に直面して反感を覚えたこと。しかし、そこから目を背けることなく、『ゴルギアス』を書くことで思想上の危機をのりこえたこと。このように、プラトンの対話篇からは一人の思想家が人間にとって普遍的な問題と正々堂々と戦っている姿が読みとれるからこそ、2400年にわたって読み継がれてきたのではないでしょうか。
(1)
Qu’est-il donc impossible de penser, et de quelle inpossibilité s’agit-il?
いったい何を考えることが不可能なのか?そして、それはいかなる不可能性であるのか?
M. Foucault, “Lets mots et les choses”, Préface
フーコーはこのような関心から、キリスト教倫理によって排除され、そして今もなお近代的理性によって排除されている、性と狂気の歴史を取り扱っている。
(2)
拉致問題から目を背けてきた、小泉訪朝以前の体制側言説については、以下の日本政策研究センターによるまとめを参照されたい。
(3)孔子のこのような決意が、隠者の長沮・桀溺による批判に直面したときの、彼の言動から読みとれる。(『論語』微子篇)
(4)田中大 『原典黙示録』(第12回)
(写真1)裏側の思想
(写真2)狂気
ゴヤ「わが子を食らうサトゥルヌス」
(Wikipediaより)
令和2年8月4日 阿部悠樹






コメント