英霊を思う
- Hiroyuki Ohe
- 2020年8月15日
- 読了時間: 2分
火野葦平の従軍戦記などを読んでいると、
そのリアリティに感銘を受ける一方、
傷ついてなお君が代を歌い、国旗を死守せんとする兵士の姿
トーチカに突撃をする兵士の勇ましさに圧倒される。
国家権力を担うということは、
究極的にはこのような兵士を戦場に送ることであり、
その気概が自分に持てるかどうかを自問自答せざるを得ない。
火野葦平の従軍戦記を読んでいてよく分かったことがある。
遊就館には、兵士の遺書が多数掲げられているが、
遺書を書くというのは極めて特殊な精神状況にある、いわば非日常であることがよく分かる。
遺書は「美しすぎる」のである。
私たちは手紙を書くときには、文語体を用いるが、
手紙を書くときは、お話するときとは違った精神状態であろう。
したがって、兵士たちの手紙(遺書)を読むだけでは、実は戦争のリアルは分からない。
文化としての手紙は貴重なものであるが、手紙だけで戦争が語れるものではない。
私は、靖國神社の英霊に対しては、「今の日本の体たらくに申し訳ない。
日本を頑張って支えるので安らかにお休みいただきたい」と挨拶するようにしている。
この挨拶は、まさしく口語なのであって、兵士たちの手紙を読んで考えることと次元を異にするものである。
私たちは、文化としての兵士たちの手紙を心に置きつつ、
政治的次元においてはリアルな戦争へ顔を向けるべきである。




大江さん
神社で黙禱してきました。
英霊たちは何を思って散っていったのでしょうか?
日本の未来に希望を託して死んでいったのだと私は考えます。
であればこそ、殉難にいたる過程には筆舌に尽くしがたい辛苦があったにせよ、最後は「美しい」遺書をのこして死んでいったのです。
もちろんお祈りをすることは大事ですが、私たちが今の日本を善く生きることが英霊にたいする最大の供養です。
戦後体制を克服することがその前提条件です。
私たちの祖父母・父母世代はあらかた威張るしか能がない愚俗でありながら、戦後体制を笠に着て、大東亜戦争を戦った先人たちを嘲弄しつつ、私たちを虐待してきました。今の日本の体たらくを思うと、私は血涙を禁じ得ません。
まずは日本を私たちの手に取り戻すこと。それから、大東亜戦争のような破局を二度と日本にもたらさないことを含めて、この国に政治上の責任を負ってゆくこと。そのときにはじめて、私たちは英霊に顔向けができるようになります。
令和2年8月15日