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言葉を世に出すにあたっての配慮

  • 執筆者の写真: 悠樹 阿部
    悠樹 阿部
  • 2020年5月16日
  • 読了時間: 2分

更新日:2020年5月16日

フォーラム投稿において、私がしばしば用いている<>は、「私なりに鋳直した概念である」ことを示している。


とりわけ、<リバタリアン>、<戦後レジーム>という言葉は、党派的な言論空間に飛び交っていた記号を私の心を種として敷衍したものであるから、世間一般に使われている意味とは懸隔がある。


これらの言葉を用いるだけで、私たちの話を聞いてくれなくなる人は一定数いるはずである。 「イデオロギストは記号に反応する。」(佐藤翔さん)


したがって、これらの言葉は私たちのオリジナルな表現にしてから世に出すことが望ましい。


また、人間の言語体験は恣意的であるため、どのような言葉が響くかは相手によってまちまちである。


「相手を辱めんことを恐れるがために、わたくしは己の責任において善美と認める所は、たとえ相手が年少であったとしても、子供向けに改変することなく全て一級のものを与えている。勿論その人に応じて示すべきものを選択するのではあるが、その人に適合する一級品を選ぶのであって二流三流の品に甘んぜしめるわけではない。」

(『憑虛樓集』 「教育について」)


私たちは権威にも民衆にも<迎合>(※)をせずに、その人に響く言葉は何かを配慮したうえで、善美と認める所を至誠をもって直截に語るべきである。 それこそが、他者の他者性を認めたうえで自己の自律も重んじる「自律と対等の倫理的関係」であり、言葉によって他者を感化しうる―そして、自己も感化されうる―教育的配慮である。 (※)<迎合>については『SNSにおける政治活動について』を参照のこと。 あらゆる<迎合>に反対することは、プラトン『ゴルギアス』に着想を得ている。


令和2年5月16日 阿部悠樹


(追記)このような配慮はいわゆる「ポリティカル・コレクトネス」とは対極にある。

「ポリティカル・コレクトネス」は言語体験の恣意性、他者の他者性を隠滅して一律の記号を押し付ける権威主義である。




 
 
 

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2件のコメント


悠樹 阿部
悠樹 阿部
2020年5月16日

<リバタリアン>


記述論は「人間精神の端的な自由を、自己の自律においても、他者との対等においても尊重する」ことを出発点としている。 その意味で、私たちが自由を重んじていることに変わりはない。 だが、<リバタリアン>という生き方が「リバタリアニズム」というイデオロギーに堕すると、減税と政府支出の削減といった政策上の結論を押し付ける党派になってしまう。


これは、「リバタリアニスト」―<リバタリアン>という生きかたとは区別するための私の造語である―たちが、<記述のレベル>◆【De "libertate" <自由>について】の内部に深沈してゆき、一元的な記述のレベルから抜け出せていないためである。 しかたがって、彼らに語り掛けるべきことは、『自由に生きるということ』で書いたとおり、「政治上の自由主義という結論に到達したら、より幅広く自由に生きることを吟味してほしい」ということである。 「リバタリアニズム」というイデオロギーは、<リバタリアン>という大乗の生き方に入るための、小乗的な方便である。


私たちが「リバタリアニスト」と混同されないように、人生論としての<リバタリアン>の概念についても、オリジナルな表現を検討するべきである。

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悠樹 阿部
悠樹 阿部
2020年5月16日

<戦後レジーム>


「もはや戦後ではない」と1956年度の経済白書は宣明した。

だが、経済的に戦後が終わったとしても、人心においてはむしろ戦後が進行していたのである。


「日本はなくなつて、その代はりに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう。」

(三島由紀夫 『果たし得ていない約束』 1970年7月7日 産経新聞夕刊)


三島が予言したとおり、政治の場においては「自由」「平等」といった外来の記号を旗印として日本人同胞が党派に分断され、「言 コトバ」が「意 ココロ」と「事 コト」から遊離した空虚な言説が飛び交っている。 もはや<政治思想家>は私たちしかおらず、世の「政治家」「政治活動家」はことごとくイデオロギスト(「右派」「左派」)かエゴイスト(「中道」)になったかの観がある。


「戦後はまだ終わっていない。それどころか戦後が進行し、文化共同体としての<日本>は滅亡の淵に追い込まれている。」との危機意識にもとづいて、私たちは「<戦後レジーム>から脱却」を論じている。 だが、「戦後レジーム」という言葉もまた戦後政治の文脈において手垢がついてしまっている。私たちがこの言葉を世に出すために、オリジナルな表現を検討すべきである。

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