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都合のよい「知識人」

  • 執筆者の写真: Hiroyuki Ohe
    Hiroyuki Ohe
  • 2019年9月27日
  • 読了時間: 5分

エズラ・ヴォ―ゲル氏

『リバランス 米中衝突に日本はどう対するか』(ダイヤモンド社、2019年)


 エズラ・ヴォ―ゲル氏は、「Japan as Number One: Lesson for America」の著者である。

ヨーロッパから移民してきたユダヤ系の両親から生まれ、ハーバード大学で社会学の博士号を取った。日本語と日本の家族研究のため、来日し、その経験を活かし、昭和54年に「Japan as Number One: Lesson for America」を世に発表した。中国研究にも取り組み、『現代中国の父 鄧小平』(日本経済新聞社)を執筆したりしている。そのエズラ・ヴォ―ゲル氏に対し、日米中関係などについて、日本の学者が対談を求めて記された一冊である。


 本書を読んで思ったのは、エズラ・ヴォ―ゲル氏のような人間が「知識人」「知性」と言われ、冷戦後に「歴史の終わり」が到来することを信じた人々なのだということである。


 エズラ・ヴォ―ゲル氏は、習近平政権が汚職対策に取り組んだこと自体は正しいと述べ、

任期制を外したことには驚くにしても、習近平は鄧小平路線の韜光養晦路線を継続しているのだと主張する。習近平が国家副主席時代に、薄熙来などを追放したことが思い出された。

どこをどう考えても、中国共産党内の権力闘争にしか私には見えない。


 エズラ・ヴォ―ゲル氏は、「私が起こしうる作用は…中国人が思っていても言えないことを発信することである。私には、中国の知識人たちが言いたくても言えないことが何なのか、大体わかっている」と述べる。

 ここでいう知識人の主張とは、「中国の大学も…国内的に人々や社会から尊重され、国際的影響力を向上させたいのなら、学問の自由を重んじるべきである」というものだが、中国が思っていもいないことが分かると豪語するのは大した自信であり、現地の人が言えないなら私が代わりに発信してあげようという態度は尊大である。


 これがいわゆる親●派(ここでは親中派)といわれる知識人の態度なのであろう。そもそも中国人が、エズラ・ヴォ―ゲル氏に対し話していることが彼らの本音であるかどうかもわからないし、仮に本音だとしてもエズラ・ヴォ―ゲル氏に代弁してほしいと思っているとは私には、到底思えない。もしそう思っているのだとすれば、彼らは「愛国者」ではない。エズラ・ヴォ―ゲル氏に言ったところで、世の中が彼らの望む方向に変わる保障がどこにあるのだろうか。


 ただ、困ったことにエズラ・ヴォ―ゲル氏は、自らを「愛国者」だと自負しているようだ。エズラ・ヴォ―ゲル氏がなぜこのような自負を持っているのか。ほぼ90年間という人生を生き抜いたという自信があるのかもしれない。他方で、本書から見えるのは、エズラ・ヴォ―ゲル氏は独特の理解のセンスを持っていることが分かる。

 例えば、エズラ・ヴォ―ゲル氏はタクシーを運転する高齢者と会話すると、「日本が労働力を持続的に確保していくうえで重視すべきは、高齢者活用だ」と考えるに至ったという。

また、日本には、開放的な議論ができる文化が一定程度あるが、米国ほど寛容的ではないと考えるに至ったのは、「息子が日本の高校に通っているとき、周囲と異なる考えを発表してしばしば排斥されたと投げていたのを覚えている」からだそうだ。


 日本のタクシー運転手は、日本の労働社会を何も代表していないし、エズラ・ヴォ―ゲル氏のご子息が通われていた高校が、日本の高校を代表しているわけではない。当たり前であるが、偶々エズラ・ヴォ―ゲル氏が話したタクシー運転手が優しく元気だったかもしれないし、エズラ・ヴォ―ゲル氏のご子息が排除されてしまったのは、何か他に原因があったのかもしれない。


 エズラ・ヴォ―ゲル氏は、自分の「体験」を、自分の思想に合う材料として仕立てあげ、さも当然のようにそれを語る。何もこのような語り口調は、エズラ・ヴォ―ゲル氏の専売特許だというつもりはない。ただ、エズラ・ヴォ―ゲル氏のように「他者」と接近することで「他者」を理解することができると考え、しかもその理解を単に人同士の理解にとどまらず、文化論や国家論などの言説においても展開する人間がいるということだ。


 中国がどうするかは、中国人が考えるべきことであり、我が国がどうするかは、我が同胞が考えるべきことである。エズラ・ヴォ―ゲル氏は、自身に使命感を帯びているようだが、どこまでいっても「外野」なのである。


 そのエズラ・ヴォ―ゲル氏は、「トランプという大統領は、 非常に信頼のおけないリスキーな人物」だと評し、トランプ政権には期待ができない、1日でも早く終わってしいという考えのようだ。確かにトランプ政権には、理屈があっても、思想はないかもしれない。しかし、信頼がおけないかどうかは、別次元である。

 エズラ・ヴォ―ゲル氏は、我が国の政治家で評価するのは、中曽根康弘、大平正芳、田中角栄なのであるという。中国に屈してしまった人間を現実的な対応をしたリーダーであると評価しているにすぎない。また、吉田学校を卒業した官僚出身の政治家を評価している趣である。結局、エズラ・ヴォ―ゲル氏は、自分の考えと合わない人間を「信頼がおけない」と言っているにすぎないように思える。

 これもまたエズラ・ヴォ―ゲル氏のような人間の特徴なのであろう。中曽根、大平、田中は、エズラ・ヴォ―ゲル氏のお気に召しただけである。私は、エズラ・ヴォ―ゲル氏こそが我が同胞にとって信用ならない人間にしか思えない。

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