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防衛大学校と民主主義

  • 執筆者の写真: Hiroyuki Ohe
    Hiroyuki Ohe
  • 2020年4月15日
  • 読了時間: 4分

更新日:2020年4月16日

 槇智雄初代防衛学校長(保安大学校長)の講演録をまとめた『防衛の務め 自衛隊の精神的拠点』という一冊がある。


 槇智雄が防衛大学校の校長になったのは、上皇陛下に御進講をなされていた小泉信三慶応義塾大学塾長の勧めによるものである。小泉信三が、吉田茂首相に槇智雄を紹介し、吉田茂の依頼もあって防衛大学校長に就任したという。

 本書は後日編集されたものであるから、編集者の意図も多分に入り混じっているのだろうが、驚くほど大東亜戦争及び大日本帝國に対する言及がない。敢えて言えば「過去半世紀の間、防衛防備を怠ったがゆえに、阻止し得べき戦乱に流され、維持し得べき平和を失い、一度侵略を受けては無益の犠牲払った事例は枚挙にいとまなしと言うてよかろうと考えます」という言及がある。ここは世界の現況を語っているので、必ずしも日本についての評価ではないが、この記述からは大体のことは推測できるであろう。


 槇智雄は、ウェストポイント(米国)やパブリックスクール(英国)の例を出し、米英の教育をモデルに考えているようである。集団生活での教育を通して、人格、教養を養い、バランス感覚のある自立した個人を育てたいと述べている。

 また、民主主義への理解を深めよと防衛大学校の学生に訓示し、民主国家に服従することは決して個人の自律を喪うものではないと述べ、チャーチルを例に出しつつ、自由国家である日本国への愛国心と防衛意欲を掻き立てんと語るものである。


 私は、防衛大学校1期である上田愛彦先生に長らくお世話になった。上田先生が博士課程を修了し、国内の大学において博士号を取得することを知っていたこともあって、防衛大学校が理系教育に力を入れていることは知っていた。本書を読んで、その教育の元となったのは、槇智雄であることが分かった。

 上田先生は、繰り返し、当時の騒乱とした国内(日比谷公園における血のメーデー事件等)情勢を語っていた。丸腰の警察官では、騒乱を押さえきれず、共産革命の脅威は現実ものであったと思われる。このような脅威を前に、幹部自衛官を育て、実力をもった自衛隊を作り上げることは、共産革命から我が国を守るための有用性は肯定すべきである。

 槇智雄氏の功績は小さくないであろう。


 しかし、槇智雄氏が防衛大学校の校長を務めていた頃(昭和30年頃)は、当時から共産ゲリラやスパイに苛まれ日華事変に突入し、時の総理(近衛文麿)は、ソ連のスパイであった尾崎秀実をブレーンに抱え、その尾崎秀実が盛んに大東亜戦争の大義を語っていた(要は大東亜戦争に突入するよう政治家や国民を煽っていた)という時代からわずか10年~15年のことなのである。

 大東亜戦争について何も語らず、むしろ我が国が日本国憲法をもってさぞ民主主義を獲得しえたと誤解しかねない言説は、結果として洗脳になってしまったのではないだろうか。

 防衛大学校の卒業式(昭和32年に第1期生が卒業した)に米国軍事顧問団が出席するほど、我が国の独立が確保されていなかったとはいえ、防衛大学校の学生こそが民主主義のよき理解者であらんとすれば、我が国の歴史は死に絶えてしまうであろう。 


 確かに大東亜戦争の総括は難しい。

 軍事史としてみれば、なぜ負けたのかの分析になるが、戦争に踏み切った政治決断の背景を考えると、当時の世界情勢を考える必要がある。また、大東亜共栄圏=右翼といった単純な構造ではない。大東亜共栄圏と共産主義圏の共通点は少なくない。仮に軍人が暴走して我が国が敗戦に至ったという極めて単純化した結論を紡いだところで、その結論から出てくる教訓は、大日本帝國の解体にはなるはずがない。むしろ、対症療法でいえば、「赤狩り」であるとすら考えられる(そして我が国は、ナチスと手を組んでしまったとはいえ、「防共」という大義を掲げていた)。


 ただ、戦前の否定=民主主義の獲得と説明し、防衛大学校の学生に民主主義のよき理解者たらんと求めるのは、「負けてよかった」との自虐史観を養うことに繋がりかねない。少なくとも本音と建前を使い分けてしまう大人の姿を、これからの我が国を支える軍人に見せるのは、私は決して精神衛生上もしくは軍事組織の育成上良くないのではないかと考える。我が国の戦後エリートは、我が国は「防共」もしくは「防衛」という目的を前に、実利を前にして自国の歴史を捨ててしまうかのように振る舞う大人になることを次代を担う子供たちに見せる道を選んだのだろうか。


 

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1件のコメント


悠樹 阿部
悠樹 阿部
2020年4月15日

大江さん

自衛隊に「建軍の本義」はあるのかという問題提起ですね。

シビリアンコントロールは必要ですが、軍が盲目に時の政権に従うだけでは、全体主義政権ができたときにその手足となって国民に銃口を向けるということになりかねません。

それでは「防共」はなしえません。

そうならないためには、自衛隊は日本を守る軍隊である必要がある。

では、「日本」とは何なのかという問題ー国体の明徴、この言葉は大江さんが指摘しているように、新体制運動によって利用されたために評判が悪くなってしまったが―は避けて通れません。


「防衛」「防共」などの実利のためだといって、戦勝国に媚を売るために、日本の民主制が敗戦によって「獲得」されたかのような神話を建前として掲げるような、「皺だらけの自由と理性の持ち主」―この表現は三島由紀夫『英霊の声』において、外国によい印象を与えるために天皇の「人間宣言」を英文で起草した幣原喜重郎を形容するために用いられている―たちは、歴史を歪曲し、名分と実質を分離して、自衛隊が「建軍の本義」を持つことを困難にしています。 また、当用憲法において日本国が軍を保有することが明記されていないことも、現在の国家における自衛隊の位置づけを曖昧にしています。 憲法に自衛隊を位置づけることを含めて―その憲法が当用憲法の焼き直しである必要はもちろんない―、自衛隊が日本国と日本国民の「独立」「尊厳」「自由」を守る軍隊であることを明らかにして、政治家の統制を受けつつも誇りを持って任務に就いてもらえるようにすべきだと考えます。


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