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「日本第一」を考える

我が国の政治を考えるのであれば、その理念は「日本第一」になるのは当然である。 悩ましいのは、何をもって「日本第一」といえるのか、またいえないのかという具体策である。 最大公約数として述べれば、それは国家の安全及び繁栄ということになろう。しかし、最大公約数を掲げることは、進ま...

政策を考える視点―理念か実務か

戦後体制を解きほぐすとしても、我が国の政策をどうあるべきかを考える必要はある。 政策を考えるうえで悩ましいと思うのは、 「なぜその政策を選んだのか」の理由をどのように説明するべきかという点である。 たとえば、 ・日台関係をどう考えるか?...

英霊を思う

火野葦平の従軍戦記などを読んでいると、 そのリアリティに感銘を受ける一方、 傷ついてなお君が代を歌い、国旗を死守せんとする兵士の姿 トーチカに突撃をする兵士の勇ましさに圧倒される。 国家権力を担うということは、 究極的にはこのような兵士を戦場に送ることであり、...

活動プラン1 戦後体制を解きほぐす

政治運動をするにあたっても、まず事実を知るところから始めるべきと考えます。 事実を知るというと当たり前のことと思うかもしれませんが、 私が弁護士をやっていて考えることは、事実というのは、皆さんが思うより遥かに共有されておらず、個々人各別に事実なるものが出来上がっているという...

失言について

孔子の弟子たちの「その後」はさまざまである。 子貢は政治家としても商人としても大いに成功し、衛国の宰相となった。 他方で、原憲という人物は、孔子の死後に世を避けて、隠者となっていた。 あるとき、子貢が原憲を草蘆に訪い、久闊を叙した。...

編集方針

ロゴスは生き物である。 頭から尻尾まで、一つの有機的秩序を有していなければならない。 テクストは織り物である。 一箇所がほつれれば、全体がだいなしになってしまう。 私たちは一字も苟(かりそめ)にせず、推敲と校正に注力せねばならない。...

戦後体制を克服するために(草案)

わが国が敗戦して75年が経ちました。 そのあいだ、日本人は大義を忘れて功利に流れ、皇国は今に淪喪せんとしています。 たしかに、そこで提起された議論は、愚論ばかりではなく、瞠目すべき正論も存在していたということを私たちは知っています。...

福沢諭吉 隷属への道

「「天は人の上に人を作らず人の下に人を作らず」と言えり。…人は生まれながらにして貴賤・貧富の別なし。ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり。」(『学問のすすめ』) 福沢諭吉は朱子の理気二元論を換骨奪胎して、天を見つめる高...

法と正義について

三島由紀夫は事物の背後にある本質を見通す目と、それを表現する言語能力を兼ね備えていました。彼が法律家について書いているのを読めば、法律家の何たるかが分かります。 「本多は、仕事への熱意がそのまま感情からの離隔を意味する、このふしぎな抽象的な職業を愛しかけていた。」...

私たちと政治のかかわりについて 附「安倍政権への要望」

私たちが他の政治運動と異なるのは、世を匡救することと、己が善く生きることが地続きになっていることである。 世の中には政治を語れる人はいても、彼らは人生論、運動論を伴わないため、政治手法が権威主義的になり大衆扇動やあくどい集金に走ってしまうのである。...

言葉を世に出すにあたっての配慮

フォーラム投稿において、私がしばしば用いている<>は、「私なりに鋳直した概念である」ことを示している。 とりわけ、<リバタリアン>、<戦後レジーム>という言葉は、党派的な言論空間に飛び交っていた記号を私の心を種として敷衍したものであるから、世間一般に使われている意味とは懸隔...

運動の名称について

「Cubic Argument」すなわち、「<戦後レジーム>の党派性に巻き込まれて惻隠の情を失うことなく、自由に政治を考えることができている日本人が、多角的な議論を持ち寄って<対話>をすることで政治行動につなげてゆくこと」は今後も私たちの運動方針であることに変わりがありませ...

自由に生きるということ

これは私が「自由主義者」を名乗る人々と一時期政治行動を共にし、そして見切りをつけた顛末である。 人は政治のみによって生きるのではない。政治上の自由主義という結論に到達したら、より幅広く自由に生きることを吟味してほしい。...

抵抗権と愛 極限状況における政治行動について

<戦後レジーム>には正統性legitimacyも正当性righteousnessもない。 1.正統性 当用憲法は帝国議会によって採択されたとはいえ、敗戦して占領下にある日本に拒否する選択肢はなかった。しかも、公職追放と検閲が行われ、到底自由とも民主的とも言えない状況で採択さ...

学府の喪失

東京大学は学問をする場ではなく、権威に服従する場である。 藤原帰一の国際政治学の授業には一度足を運んだが、坂本義和の追悼演説を始めたので、途中で退席した。それ以降、一度も講義には出ていない。 私の国際政治学はほぼ独学である。国際政治学を学たらしめたケネス・ウォルツの『国際政...

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フォーラム「言倫」

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